赤外およびラマン分光による温度応答性高分子の解析
2.水溶液のIRスペクトルとラマンスペクトルを測定するための実験方法
今日、IR吸収スペクトルを測定するために、マイケルソン干渉計を備えたフーリエ変換赤外(FTIR)分光計が通常使用されている(図2)。マイケルソン干渉計は、3つのミラー、すなわち、ビームスプリッタ、固定鏡と移動鏡からなる。ビームスプリッタは光源からのIRビームを2つに分割し、その半分は固定鏡によって反射され、残りの半分は移動鏡によって反射される。それらは同一のビームスプリッタで再結合されるが、光路差(Dl)が生じるため互いに干渉する。干渉した赤外光は試料を通過し、その強度が検出器で測定される。検出器には、(重水素化)硫酸トリグリシン((D)TGS)やタンタル酸リチウム(LiTaO3)などの焦電性結晶を用いるものと、またはテルル化カドミウム水銀(MCT)のような半導体を用いるものがある。サンプルがある状態とない状態で赤外光強度をDlの関数として測定して、サンプルとバックグラウンドのインターフェログラムを測定する。インターフェログラムにFourier変換すると、IRビームの強度を波数の関数として表すバックグラウンド(I0)およびサンプル(I)のスペクトルが得られる。波数に対して透過率T=I/I0または吸光度A=log(I0/I)をプロットすると、それぞれ透過率または吸光度スペクトルになる。FTIRでは、同時に伝送された光のエネルギーの全てを検出するため、分散型分光光度計に比べて高感度かつ高速である。
水溶液のIRスペクトルは、中赤外領域で透明で水に不溶な素材でできた窓板やプリズムを使って透過または内部反射法(多くの場合、減衰全反射(ATR)法)により測定される。透過法では2枚の窓板の間に試料溶液を挟んで測定するが、窓材表面での反射により生じる干渉縞を低減することができるため、反射率の低いCaF2がよく使用される。水による強いIR吸収により広い波数範囲で吸収が飽和するのを防ぐために、光路長は数マイクロメートルに制限される。ATRでは、全反射条件を満たすようにGeやKRS-5(TlBrとTlIの共結晶)、ZnSeのような高屈折率の結晶が用いられる。赤外光はプリズムと試料溶液の界面から試料側へ侵入して全反射される。侵入深さ(dp)は波数に依存するので、透過スペクトルに相当するスペクトルを得るためには補正する必要がある。dp より高い波数で小さく、通常は1 mmより低いためO‐H伸縮領域、水や水溶液のスペクトルを容易に飽和することなく測定することがでる。同位体効果によりH2OとD2Oでは吸収帯が異なるので、溶質の重要なバンドと重複しないように適宜選択されて溶媒とされる。
ラマン分光法は、IR分光法と比較して水溶液の測定に対して多くの利点を有する。ラマン分光法は散乱プロセスであるため、任意のサイズまたは形状の固体および液体試料を測定に供することができる。さらに、入射光と散乱光は通常、可視光域に位置するため、キュベット、レンズ、光学フィルター、光ファイバーなど通常のガラスで構成され光学素子を使用することができる。多くのラマン分光光度計は、励起レーザ、弾性又はレイリー散乱を除去するノッチまたはロングパスフィルタ、回折格子による分光計、および電荷結合素子(CCD)検出器から構成されている。正立型または倒立型の光学顕微鏡と複合化された装置は、ラマン顕微鏡またはマイクロラマン分光計と呼ばれ微小領域のスペクトルの測定が可能である。この際、試料面に水平な方向に対する空間分解能は、対物レンズにより絞られたレーザーのビーム径により決まる。一方、透光性の試料では表面だけでなく内部で散乱された光も検出されるため、垂直方向の分解能は水平方向より劣る。共焦点面にアパーチャを置いて合焦位置以外の光路からの放射光を除去する共焦点光学系を応用すれば、垂直方向に対しても1マイクロメートル程度の空間分解能が可能になる。さらに、ガルバノスキャナによりレーザビームを走査するか、電動ステージにより試料を走査するかしながら各点でスペクトルを測定することで、組成や物理的不均一性に基づく二次元、三次元イメージを得ることができる。
図2(a) FTIR分光計および(b)共焦点マイクロラマン分光計の概略図