赤外およびラマン分光による温度応答性高分子の解析
3. ポリ(N-置換アクリルアミド)
3.1 スペクトル全体の変化
N-一置換またはN,N-二置換(メタ)アクリルアミドのポリマーを対象にした研究は、温度応答性ポリマーに関する研究の主流をなしてきた。特に、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNiPAm)は、室温と体温との間にある急峻な相転移のために、基礎的にも応用的にも最も活発に研究されてきた。図3は、25OCで測定したPNiPAmのH2O及びD2O溶液の赤外吸収スペクトルと、相分離に誘導される差スペクトルである。[1] 差スペクトルにおける負または正のピークは、相分離の間に吸光度が減少または増加することを示す。水の伸縮バンド (H2O: 2800 - 3700 cm-1,
D2O: 2100 - 2750 cm-1) および変角バンド(H2O:1550 - 1750 cm-1,
D2O:1150 - 1300 cm-1)が、PNiPAmの重要なバンド、例えば C–H伸縮(n(C–H), 2900 – 3000 cm-1)や C–H変角 (d(C–H), 1100 – 1500 cm-1), アミドI、アミドIIバンドと重複しないようにH2OまたはD2Oが溶媒として使用されている。アミドIバンドは主にC=O伸縮振動の寄与を含み、H2O中でもD2O中でも約1625cm-1に現れる。アミドIIバンドは主にC-N-Hの変角振動の寄与を含み、H2Oでは1550 cm-1 あたりに現れるのに対して、D2O中ではアミド基の交換性プロトンが重水素によって置換されるために、1480 cm-1に現れアミドII’バンドと呼ばれる。n(C-H)、d(C-H)及びアミドIIバンドは相分離の過程でレッドシフト(低波数シフト)、アミドIバンドはブルーシフト(高波数シフト)を示す。定速で加熱または冷却しながらIRスペクトルを収集し、差スペクトルのプラス側とマイナス側のピークの吸光度の差で定義されるDDA(DDA = DA+ - DA-)の値を温度に対してプロットして相分離の進行を追跡した。アミドI、アミドII、n(C-H)とäd(C-H)バンドのDDAのプロットを図3(c)に示す。青色LEDから照射された可視光の透過率により同時に測定したこの溶液の曇点とDDAのプロットの屈曲点の一致は、IRスペクトルの変化が実際に相転移に関係していることを証明する。また、加熱過程よりも冷却過程の転移温度範囲がわずかに低いことはDSCの結果と一致しており、ヒステリシスの存在を示す。[2]
図3 (a)25OCでH2O(青)及びD2O(赤色)中で測定したPNIPAMの赤外吸収スペクトル(b)相分離により誘導された差スペクトル。(C)加熱過程(上)および冷却過程(下)における各振動モードのDDAの温度変化。(d)加熱過程(赤色)および冷却過程(青色)におけるDSCサーモグラム。