フロンガス汚染
はじめに
水俣病やイタイイタイ病のような公害が激化したのは1960年代であり、これらは、特定地域における大量の産業廃棄物のたれ流しによるものであった。その後70年代に入って若干の法規制も進み、この型の露骨なものは影をひそめたが、それに代わって、有害化学物質が微量ながら長期にわたって広範な環境を汚染する新しい型の公害がじわじわと広がりはじめた。PCBやBHCによって母乳までも汚染されたのがその典型例である。最近はアスベストやトリクロロエチレンによる汚染もクローズアップされてきた。これらはいずれも日常的な化学商品であり、消費生活を通じて汚染が広がるのが特徴である。
ところで、これらの化学商品による汚染が問題になるのは、いうまでもなく、それらが人体に対して直接有害な作用をおよぼすからであるが、他方、それ自体の毒性は低いのに深刻な公害を引き起こしそうな化学商品も登場してきた。これが今回取り上げるフロンガスである。
これによる公害が起こるからくりは、フロンガスが成層圏を汚染してそのオゾンを分解する、オゾンが減少すると地表に到達する太陽からの紫外線が強くなる、紫外線が強くなると皮膚がんなどの健康障害が激増するという、「風が吹けば桶屋がもうかる」方式の因果関係によるものである。しかし、当初はそのような物質とはつゆ知らず、これこそ公害とは無縁の化学商品だということで、年々生産量を増大させ、さまざまな分野で大量に使用されてきた。
したがって、このフロンガス汚染の問題は、公害のニューフェイスとして位置づけられると共に、化学商品がはんらんする時代に生きる私たちへの、重大な問いかけの意味を含んでいる。
1.オゾンホール
最近、南極の上空で人類の生存を脅かすことになるかも知れない異変が生じていることが発見された。この異変というのは、オゾンの減少である。オゾンは、地上数十kmの成層圏に広く分布する気体で、太陽光線に含まれる有害な紫外線の大部分を吸収し、地表に到達する光を、生物にとって事実上無害なものにする重要な役割を果しており、生物の生存にとって不可欠である。私たちが地球上で安全に生活できるのは、成層圏にかなりの濃度でオゾンが存在するからだ、といっても間違いではない。
ところが1970年代の終わり頃から、南極大陸の上層大気中のオゾンが大幅に減少していることが観測され、この現象は「オゾンホール」(オゾンの穴)と呼ばれている。成層圏におけるオゾンの減少は、たとえ少量であったとしても無視できないものである。たとえば、オゾンが10%減少すれば、地表に到達する紫外線の強度は、平均20%増大すると考えられている。また、フロンガス汚染だけでなく、超音速ジェット機の飛行や大気圏核爆発によって生じる窒素酸化物などもオゾン層を破壊すると指摘されている。
2.オゾンとフロンガス汚染
オゾンが南極の上空で減少した原因について多くの説が提唱されたが、現在、大気のフロンガス汚染に基づくという説がもっとも有力である。この説は、カリフォルニア大学のローランド教授らが1974年に、電気冷蔵庫の冷媒やスプレー商品の噴射剤として多用されているフロンガスによる大気汚染がオゾンを大幅に減少させる恐れがある、と警告を発したのが最初である。フロンガスは前期の用途のほかに、プラスチックをつくるときの発泡剤、金属製品の洗浄剤、溶剤などにも幅広く用いられている。生産されたフロンガスは、そのほとんどすべてが、使用の段階あるいはそれを用いた商品を廃品にする段階で、結局は大気中に放出されることになる。しかもフロンガスは簡単には分解されない化学的に安定な物質なので、大気中のフロンガス濃度は年々増大することが予想される。やがて成層圏まで達したフロンガスは、そこで紫外線の作用で一部が分解され、原子状の塩素(塩素ラジカル)を放出するが、この塩素こそがオゾンを分解する立役者である。したがってフロンガスの大気中濃度が高くなると、この塩素の量も多くなり、結果としてオゾンが大幅に減少してしまう。これが先ほどのローランド教授らの警告の内容である。現在、活発な議論の中心になっているのは、南極の「オゾンホール」が、予測される全地球的なオゾンの減少の前兆ではないかという点である。
3.日光とガン
職業ガンなど特別の場合を除いて大部分のヒト皮膚ガンの原因が日光であることは、次のような事実から疑う余地がない。
@皮膚ガンは、顔、手足など日光にさらされる場所にできやすい。
A世界的にみて、緯度の高い地方に比べて日照時間が長く、太陽の光も強い低緯度地方の方が皮膚ガンが多い。日本でも、北海道、東北地方に比べて、九州、四国地方の方が多い。
B皮膚ガンは室内作業者に比べて戸外作業者に多い。
日光がヒトの皮膚ガンの原因になることは、動物実験によっても裏付けられた。1930年代にすでにラットの皮膚を日光にさらして実際皮膚ガンを作り、しかも発ガンに有効なのは320nm以下の波長領域であることも明らかにされている。また、260nm付近の紫外線は、DNAの構成要素であるチミンに作用してピリミジン2量体を作ることが知られている。このように、260nm付近の光が直接DNAに作用して障害を与えるのを、直接作用と呼んでいる。これに対して、DNAの吸収波長領域でない280〜320nmの光によるDNA障害を間接作用という。
日光が皮膚ガンの原因になるといっても、日光の大部分を占める400〜600nmの可視光線は全くガンを作らない。ガンを作る320nm以下の光は、地表に降り注ぐ日光のわずか0.1%程度に過ぎない。このように、ガンを作る有害な部分が地表にたくさん到達しないようにこれを吸収しているのは成層圏にあるオゾン層であり、このおかげで人類は皮膚ガンの脅威からまぬがれているのである。
4.フロンガスとは
フロンガスは、比較的かんたんな炭化水素(メタンやエタンなど)のいくつかの水素原子を、塩素原子やフッ素原子で置き換えた化合物の総称である。また、フレオンという商品名でも知られている。名前にはいずれもフロンの次に1けたまたは2けたの数字が含まれており、これらの数字は各フロンガスの化学構造を表している。2けたのものは炭素原子を1個含み、3けたのものはこれを2個含む。そして、1の位の数字がフッ素原子の個数を表し、10の位の数字は、1ならば水素原子を含まないこと、2ならばこれを2個含むことを意味する。たとえば、フロン12はCCl2F2であり、フロン113はCClF2CCl2Fである。
これらのフロンガスの多くは、常温では無色無臭の気体である。そして、燃えにくく、熱で分解しにくく、他の物質と化学的に反応しにくい。さらに、生体内でも余り顕著な毒性を示さない。
フロンガスは、一般に、揮発しやすいのに燃えにくく、かつ化学的に安定で毒性が低いという望ましい性質を持っているので、さまざまな目的に幅広く用いられている。そのなかでもとくに消費量の多いのは、冷媒、噴射剤および発泡剤の三分野である。
フロンガスを利用した品物 |
用途 |
ワープロ・テレビ |
洗浄剤 |
ソファ・ベッド・包装トレー・座席 |
発泡剤 |
殺虫剤・消炎剤・ヘアースプレー |
噴射剤 |
クーラー・冷蔵庫 |
冷媒 |
フロンガスの分類
T類【オゾン層破壊型】塩素や臭素が入っていて、水素が入っていないもの。一般的
にオゾン層を破壊する能力が大きい。
U類【分解型】塩素と水素が入っている。水素が入っていると対流圏内で分解されや
すくなり、成層圏まで到達しにくいため、オゾン層を破壊する能力は、T型に比べて
かなり低い。
V類【オゾン層非破壊型】塩素も臭素も入っていないため、オゾン層を破壊しない。
参考文献
1.「恐るべきフロンガス汚染−ふりそそぐ紫外線の脅威−」泉邦彦、合同出版
2.「ヒトのガンはなぜ生じるか」永田親義、講談社ブルーバックス
3.「フロンガスが地球を破壊する」山田国広、岩波ブックレットNo.127
4.「NHK地球汚染]NHK取材班、日本放送協会