研究内容

研究の概要

分析化学は,化学反応を利用して物質の量や組成を求めるための方法論を探求する学問領域です.科学における新しい現象の発見,諸問題の解決には,まずそこに登場する役者=物質(群)の量や組成を明らかにする必要があります.このように,あらゆる科学の基礎分野として分析化学が極めて重要な位置を占めていることは明白です.当研究室では,物質の量や組成を求める,いわば“古典的”な分析化学の世界にとどまらず,物質の存在状態や共存物質との相互作用をも明らかにする“現代的”な分析化学の世界に展開することによって,科学上の新発見,諸問題の解決に資すると共に,新たな学問領域の創造を目指しています.我々は,化学システムを駆使して,物質の濃度などの“量”的情報だけではなく,物質の化学的変化や共存物質との相互作用による構造や分子量の変化,あるいは相互作用の定量的評価(種々の物理化学定数の計測)といった“質”的情報を提供するための広い意味での新しい計測法を探求しています.特に,電気泳動やクロマトグラフィーなど分離化学を基盤とする当研究室のアプローチは世界的に見てもユニークであり,金属イオンに加え,タンパク質や核酸と言った生体関連物質,環境中の天然高分子など,その対象とする物質群,関連研究分野は極めて広範囲に及びます.
以下,当研究室で現在進行中のいくつかの研究テーマの概要を紹介します.

進行中の研究テーマ紹介

新規な溶液内化学反応速度解析法としての拡張型キャピラリー電気泳動反応器の開発

本研究計画は,種々の研究領域のそれぞれ基礎から応用までの広範な分野において喫緊のニーズとなっているキネティクス解析ための有用な方法論を新たに提供しようとするものである.キャピラリー電気泳動分離プロセスを“錯体”の「反応容器」として用いるという独自の発想に基づいて開発した“錯体”の解離反応に特化したキネティクス解析法であるキャピラリー電気泳動反応器(CER)の概念を,種々の反応系にも拡張し,“錯体”の生成および置換反応速度解析のための拡張型CERを創出する.
化学反応における反応速度は,温度,圧力,濃度などすべての反応条件の影響を受けるため,種々の実験条件下での反応速度を調べれば反応の詳細を知ることができる.それ故,物質の変化を研究する学問領域である“化学”における反応速度定数の定量的な評価,即ち反応速度論的解析の重要性は論を俟たない.化学反応の反応速度定数を求めるには,反応時間に対する反応物または生成物の濃度変化が分かれば良い.反応物または生成物の濃度変化の時間変化,即ち反応プロファイルをそれに適した反応速度式を用いて解析すれば,いかなる反応についてもその反応速度定数を得ることが理論上は可能である.しかしながら,現実の反応速度論解析では,それから得た反応プロファイルをそのまま理論式を用いてフィッティングするだけでは反応速度定数を求めることはできない.一般的に,反応次数の増加に従い解析はより難しくなるので,反応条件を工夫し,反応次数をより低次にして解析を行うのが常道である.例えば,二次反応では一方の基質濃度をもう一方の基質に対して大過剰になるように設定し,反応過程でのその濃度変化がほとんど無視できる“擬一次”条件にして見かけの反応速度定数を得た後,さらにその基質濃度依存性から所望の二次反応速度定数を得る.このように書くとあたかも反応速度解析が一見容易なことのよう思われるやもしれないが,現実には,溶解度など種々の制約があり反応次数の低次化のための条件設定が容易ではないこと,一定時間における生成物または反応物の定量(=反応プロファイルの獲得)には生成系と反応系との間で光吸収などの分光学的特性の変化が必要である,反応の駆動力を発生することが容易ではない,といった制約があり容易ではない.実際,化学の各領域における反応速度解析に関連した研究はマイナーなカテゴリーである.上述のように化学における速度論的解析の意義はその根幹をなすものであり,その重要性が広く認識されながら,研究例がそれほど多くないという現実は,速度論的解析のための有用な研究ツールの欠如が一因であると言っても過言ではない.
キネティクス解析を行うことは,そもそも技術的に困難であり,既存の解析法のほとんどが平衡状態での測定を原理とすることから,煩雑な操作を繰り返す必要があることに加え,その測定精度も決して高いものではなかった.
これに対し,申請者らは,キャピラリー電気泳動(CE)分離プロセスを“錯体”の「反応容器」として用いるという研究代表者ら独自の発想に基づく解離反応に特化した“錯体”のキネティクス解析法,キャピラリー電気泳動反応器 (CER)(右図),を開発し,簡便,かつ正確な“錯体”の解離反応速度定数(kd) の直接測定を実現している. 種々の分野における“錯体システム”の有用なキネティクス解析法に対する喫緊のニーズに応えるべく,本研究では,CE分離プロセスを“錯体”の「反応容器」として用いるというコンセプトに基づき“錯体”の解離反応速度解析に特化して開発したキャピラリー電気泳動反応器 (CER)の概念を,“錯体システム”に拡張し,以下に挙げる「拡張型CER」の創出を目指す.

1.“錯体”の生成反応速度解析のための拡張型CERとしてのzone passing mode CER
2.“錯体”の活性化パラメーター測定のための拡張型CERとしての温度可変型CER

1.は,キャピラリー内で“錯体”の生成反応を行わせ,その反応挙動をリアルタイムでモニタリングすることによってこれらの反応の速度論的解析を実現するものである.さらに,置換反応系や一般的な反応に拡張し,広範な反応系への適用を試みる.2.は活性化自由エネルギー(ΔG‡),活性化エンタルピー(ΔH‡),活性化エントロピー(ΔS‡)などの活性化パラメーターを得るためのCERをベースにした新たな方法論を開発するものである.

テーラーメイド医療の実現に向けた新奇な高精度低労働負荷遺伝子診断システムおよびエピジェネティクス研究支援を指向する高精度低コストメチル化DNA検出法の開発

国民の健康寿命の延伸,Quality of life(QOL)の向上を計るための有用な方策であるオーダーメイド医療を実現する上で,その基本ツールとなる有用なSNPタイピング法の開発が急務となっている.また,近年,多くの生命現象におけるエピジェネティクスの関与が明らかとなり,生命科学に関連する多くの研究分野においてその重要性が注目されている.エピジェネティクス研究の基本はDNAの修飾=メチル化を検出することにある.本研究では,我々が独自に開発した核酸の溶液化学的特性を利用するDNAのキャピラリー電気泳動分離法を基盤とし,

1.低コストで良質なオーダーメイド医療の近い将来にいて実現する上で不可欠な基幹技術として,既存の手法とは全く異なる斬新な発想に基づいた高精度かつ低労働負荷のSNPタイピング法のプラットフォームを構築すること,
2.エピジェネティクス研究を支援するための重要な研究ツールとして,既存の方法とは全く異なる原理に基づく,高精度かつ低コストであり,メチル化率の定量をも可能とする新規なDNAメチル化検出法の開発を目指す.
健康寿命の延伸,QOLの向上は,少子高齢化社会の到来を間近に迎える我が国にとって喫緊の課題であり,そのために,「疾患」中心から「患者」中心に考える,あるいは疾患の「治療」だけではなく「予防」をも積極的に行う新しい医療への転換が目標とされている.一方,個々人の医学的な“個性”を効果的に示す指標として,ゲノム配列において数百から千塩基対に1カ所の割合で存在する特定の一つの塩基が他の塩基に置き換わる現象,すなわち一塩基多型(SNP),の有用性が見出されている.先述のような,謂わば「個の医療」としてのテーラーメイド医療を近い将来において実現する上で,既知のSNPの頻度や変異の内容(どの塩基に置換したか)の検出を目的とするSNPタイピング技術の開発は欠かすことのできない極めて重要な要素となっており,その新規技術開発が国内外を問わず精力的に行われている.
既存のSNPタイピング法の基本原理は,ターゲット配列に対し相補的な配列を持つ一本鎖オリゴDNA(プローブDNA)を予め準備し,それとターゲットとなる一本鎖オリゴDNA(ターゲットDNA)とのハイブリダイズ(二本鎖DNAの形成)の有無をなんらかの形(例:蛍光消光)で検出すること(図1)にある.これら既存の手法は,①ミスハイブリダイズの可能性がある,②蛍光消光(または発光)で判定を行う際,蛍光ラベル化試薬のバックグラウンド発光により明瞭な判定ができない場合があるといった原理上回避し得ない誤診リスクを有していることは否めない.これに加えて,これらの手法では,これも原理上ターゲット毎に個別の実験条件設定(プローブDNA の調製等)を要するため,必然的にプロトコルが複雑化し,検査現場での労働負担が大きくならざるを得ない.
これに対し,我々は,高性能分離法であるキャピラリー電気泳動 (CE) によるSNPの分離・検出法を基盤技術として用いることによって,検査現場での労働負担が低く,かつ誤診リスクの極めて低い高精度なSNPタイピングシステムの構築が可能であると考えた. 本研究計画で提案しようとしているDNAの溶液化学特性を利用する一塩基変異一本鎖DNAのCE分離法に基づくSNP検出システムは,数十以上の塩基配列中のわずか一つの塩基の溶液化学特性のわずかな差異をCEという高性能分離システムを利用して分離し識別するものである.すなわち,我々のアプローチは,生体分子の分子認識機能(塩基間の特異的な水素結合)を利用するという従来のSNP検出システムの設計指針から完全に脱却したものである.
一方,近年,多くの生命現象におけるエピジェネティクスの関与が明らかとなり,生命科学に関連する多くの研究分野においてその重要性が注目されている.エピジェネティクス研究の基本はDNAの修飾=メチル化を検出することにある.本研究計画では,エピジェネティクス研究を支援するための重要な研究ツールとして,新たなDNAメチル化検出法を提供することを目指す.上述の,考案した核酸塩基のプロトン解離特性の差異を利用する等鎖長配列異性体一本鎖DNAのキャピラリー電気泳動 (CE) 分離法を基盤技術として用いることで,既存の方法とは全く異なる原理に基づく,高精度かつ低コストであり,メチル化率の定量をも可能とする新規なDNAメチル化検出法の開発を行う

難誘導体化元素のプレカラム誘導体化HPLC定量法の開発およびその錯形成反応の迅速化,新規誘導体化試薬の開発

環環境化学的あるいは,生物学的,工業製品の品質管理など種々の観点から,微量または超微量金属イオン定量は重要な意味を持っている.今日,金属イオンの定量はICP-MSをはじめとする機器分析法によって行われることが多いが,計測法としての原理面,あるいはコスト面からこれら物理的計測法が有効ではない場面がある.後述するホウ素やケイ素などの定量がこれに当たる.このような場合,一見“古典的”な化学的計測法が有用である.本研究では,溶液反応を利用する化学的計測法としての誘導体化分析法(配位子との錯形成反応により,金属イオンを吸光あるいは発光特性を有する錯体(=測定し易い形)に変えて分析する方法)に基づくこれら元素の定量法の開発を目指す.しかしながら,ホウ素(ホウ酸),ケイ素(ケイ酸)は,ともに誘導体化(誘導体化するための錯形成させること)が容易ではない「難誘導体化元素」であり,ここでは,これら難誘導体化元素を効率的に誘導体化するための,反応の迅速化に関する研究,有用な新規誘導体化試薬(配位子)の開発を行う.
研究例として,超純水中の超微量ホウ素の定量を目的とするホウ素の定量法の開発を挙げる.半導体製造プロセスにおける洗浄用超純水の水質は,製品の歩留まりを決定してしまうほど極めて重要な要素であり,これを日常的に監視する必要がある.その水質モニタリングのための指標物質としてホウ素が有用であると言われているが,そのために必要とされる感度(pptレベル)をクリアするホウ素計測法は現実にはほとんど報告されていない.軽元素であるホウ素は,難原子化元素であるため,一般的に金属イオンの高感度計測法と言われているICP-MSなどの物理的計測法ではその微量計測は原理的に難しい.現実の超微量ホウ素の計測は,ICP-MSを用いて行われているが,操作に習熟したオペレータによって初めて達成されるものであり,その導入には最低数千万円程度の投資が必要であるため,日常的な品質管理という目的には全く適していない.また一方で,ホウ酸イオンは水溶液中では反応性に乏しいため比色法などの化学的計測法によるアプローチも容易ではない.
それに対し,当研究グループは,マイクロ波(電子レンジ)加熱の利用,あるいは錯形成補助剤の添加により,配位子とホウ酸との錯形成反応が劇的に迅速に進行することを見いだした.さらに,これらを利用した極めて効率的なホウ素の錯形成反応条件を見出し,プレカラム誘導体化HPLC法に応用することでpptレベルのホウ素定量法の開発に成功した.また,この手法をイオン対固相抽出法による選択的オンライン濃縮法と組み合わせることによって,sub-pptレベルの極微量ホウ素定量法の開発に成功した.本システムは,現在報告されているホウ素定量法として最高感度であると共に,操作性,経済性の観点からも,超純水製造システムにおける汎用的なオンライン極微量ホウ素計測システムとして有用であると考えている.

海洋性有機配位子—鉄錯体のキャラクタリゼーション法の開発と存在状態別分析への応用

環境水中の腐植(フミン)物質は,共存物質との相互作用によって人間の生活や環境に深刻なダメージを与える一方,水中生物の必須微量金属イオン獲得に大きく関わっている.従って,水圏環境におけるフミン物質の輸送や物質的・化学的変化を含めた状態変化を明らかにすることは,利水,環境保全,水産資源の確保など,我々人間の生活環境の質的向上を図る上で極めて重要であるにも関わらず,有用な分析手段がないため,その詳細は未だ明らかではない.
当研究グループは,フミン物質の新しいキャラクタリゼーション法として,高性能分離法であるキャピラリー電気泳動法(CE)で精密分離を行いその電気泳動パターン変化をフミン物質の“フィンガープリント”として利用し,それによってフミン物質の物質的・化学的変化およびその動態変化を読み取る手法を着想した.フミン酸のキャラクタリゼーションのための精密・高速CE分離システムを確立し,これを用いて種々の共存化学物質との相互作用によるフミン物質の動態変化をそのフェログラムパターンとして捉えることに成功した.
本研究では,生体必須微量元素として特に鉄に注目し,鉄の海水への溶解度や海水中におけるその存在形態を決定する支配因子は何か,さらに,植物プランクトンがどの様な化学形態の鉄を利用しうるのか を明らかにするために,シデロフォアやフミン物質などの海洋性天然有機配位子と鉄イオンとの相互作用に着目し,それを定量的に表現するための手法を開発する.上述のキャピラリー電気泳動 (CE) によるフミン物質のキャラクタリゼーション法,および,CERを駆使して鉄イオンと海洋性天然有機配位子との作用の有無の調査や,生成した錯体のキャラクタリゼーション(組成解析,熱力学的安定性の評価,生成・解離速度論的解析)を行うための有用なツールを開発する.実際の海水試料に適用し海洋表層水中における鉄—天然有機配位子錯体系の錯形成反応挙動に関する平衡論・速度論の両面の知見を獲得する.また,海洋生物の鉄の獲得メカニズムを理解するために,シデロフォア-鉄(Fe(III))-有機配位子(海洋性フミン物質など)三元系の錯形成反応挙動についても検討する.
また,海水中の鉄の存在状態を詳細に把握するために,海水中に存在する鉄イオンのスペシエーション法を開発する.プレカラム誘導体化高性能液体クロマトグラフィー法(速度論的識別モードHPLC法)に基づく新たな高感度鉄イオン定量法および鉄イオンの状態別(Fe(II), Fe(III), 溶存鉄,粒子状鉄など)定量を可能にする前処理法の開発を同時に行う.

低環境負荷キレーターを用いる低コスト原位置重金属汚染土壌対策技術の開発

土地の再利用に際し,そこに残された重金属汚染土壌の問題は,大きな社会問題となると同時に汚染土壌の分析・修復という大きなビジネスチャンスを生み出している.重金属イオン汚染土壌の有用な低コスト現位置修復法の一つとして,重金属イオンを集積する性質のある植物を使ったファイトレメディエーションがあり,中でも,エチレンジアミン四酢酸(EDTA)をはじめとする重金属イオンとの錯形成能を有する合成キレーターを併用することでその効率が飛躍的に上昇すること(chelator assisted phytoremediation)が知られている.しかしながら,生分解性のない合成キレーターの土壌中への残存による生物種への影響が懸念される.本研究計画では,生分解性を有し,かつ,Hg(II), Cd(II), Pb(II)等の有害重金属イオンとの錯形成能を有する「低環境負荷キレーター」として,腐植物質をはじめとする天然キレーターを用いるファイトレメディエーションに基づいた低コスト原位置重金属土壌汚染対策技術の着想を得た.
一方,土壌汚染の調査(土壌中の重金属イオンの定量)は時間とコストを要するため,土壌汚染対策を円滑に進めるためのネックとなっており,これを促進するための迅速かつ低コストの土壌中重金属イオン定量法の開発は現在社会的なニーズとなっている.植物はHg(II),Pb(II),Cd(II)といった重金属イオンを捕捉する際にファイトケラチンを使用し,その基本構造はトリペプチドのglutathioneであることが知られている.最近,我々は生物配位化学的興味から,キャピラリー電気泳動反応器(CER)を用いて,重金属イオン-glutathione錯体の解離反応速度解析を行い,従来報告されている錯体構造からは予想できない速度論的安定性を見出した.このような金属イオン-glutathione錯体の性質はglutathioneが土壌試料中の Cd(II), Pb(II), Hg(II) の計測のためのイオノフォアとしても有用であることを示している.本研究計画では,glutathioneを基体とする誘導体化試薬を新たに設計し,これを用いた重金属汚染土壌処理プロセスにおける重金属イオン測定法の確立を試みる.以上,本研究計画では汚染土壌の評価とその修復との両面から,総合的に重金属汚染土壌の問題に取り組む.

水構造破壊剤溶液を移動相モディファイアとして用いる新しいクロマトグラフィー分離システムの開発

一般的なクロマトグラフィーでは,金属管にシリカゲルなどでできた微粒子(充填剤)を密に充填した分離カラムを用いて,ここに溶離液を流し,固定相(充填剤表面)—移動相(溶離液)間における二相間分配現象を利用して分離を達成する.これに対し,最近,塩やポリマーを含む水—有機溶媒混合溶液を溶融シリカキャピラリー内に層流条件で流すと,管径方向に溶媒組成に勾配が発生し,かつ,キャピラリー内における移動相の流速(管径垂直方向)分布は管中央で最大,管壁付近で最小となる”parabolic flow”のそれとなることを利用する,新しいキャピラリークロマトグラフィーが報告された.この手法は,充填剤を詰めた分離カラムを用いないオープンチューブ型クロマトグラフィーシステムであり,水-有機溶媒混合溶液のミクロ相分離現象によって誘起される移動相の溶媒組成の勾配(シリカキャピラリー壁面(=親水面)が水リッチ,管の中央付近では有機溶媒リッチ)の発生に基づく溶質の二相間(水リッチ相と有機溶媒リッチ相間)分配現象と,キャピラリー内における移動相の流速分布とによって分離が達成される.すなわち,親水的な溶質は水リッチ相の滞在時間が長くかつ管壁近傍の水リッチ相における移動相流速は小さいため,より親水的な物質ほど保持時間が大きくなる.この手法で,キーとなるのは水-有機溶媒混合溶液のミクロ相分離現象(ミクロな視点で見ると,水-有機溶媒混合溶液は均一ではなく,「水クラスター」と「有機溶媒クラスター」に分離している),言い換えれば,溶媒の構造性である.
一方,通常,逆相分配(RP-) HPLCでは,移動相としてメタノールやアセトニトリルなどの低極性有機溶媒と水との混合溶媒が用いられる.それに対して,我々はRP- HPLC における固定相—移動相間における物質の二相間分配の駆動力が,疎水性溶質の周囲に形成される疎水性水和構造の解放に基づいたエントロピー駆動系(=疎水性相互作用)であるという溶液化学的考察に基づいた着想により,PR-HPLC の移動相として尿素,塩酸グアジニウムなどの水構造破壊剤水溶液を用いるという有機溶媒を全く使用しないPR-HPLC システムを開発した.このクロマトグラフィーシステムにおける移動相モディファイアとしての尿素,塩酸グアジニウムの働きは,疎水性水和構造における水構造の破壊にある.ところで,上の水-有機溶媒混合溶液のミクロ相分離現象に基づくオープンチューブ型クロマトグラフィーでは,水-有機溶媒混合溶液の構造性が分離のキーであるため,我々は,その構造性の制御,すなわち分離の制御因子として尿素,塩酸グアジニウムといった水構造破壊剤が有効であると考えた.本研究では,このような経緯から,水-有機溶媒混合溶液のミクロ相分離現象に基づくオープンチューブ型クロマトグラフィーの新たな移動相モディファイアとしての水構造破壊剤の利用を着想し,これを拡張して新規な水構造破壊剤溶液を移動相モディファイアとして用いる新しいクロマトグラフィー分離システムの開発を目指す.